ことの起こりは高速道路2人乗りにまつわる話しから始まる。
2002年の年末、「高速道路バイク2人乗り解禁間近!」 のニュースがマスコミに流れた。
それは会期中の国会に「道交法改正案」が提出されることが確実になったとする自民党筋から発せられた信憑性の高い情報であり、
来春早々にも「自動車専用道路でバイクの2人乗り」が出来るだろうと誰もが期待に胸を踊らせた。ところがその翌々日、
あろうことか「2人乗り解禁すべし」と発表した自民党からまったく反する「時期早々」の判断が下され、
解禁の芽は先送りされることになってしまった。
それはA派閥は解禁賛成だけど、B派閥がダメと判断したからだった。
そして自民党内におけるパワーウェイトはA派閥<B派閥の関係であり、
いわゆる党内調整不足が原因で横槍が入った、というのが真相のようだ。
いつの時代でも声のデカいやつと金を持っているやつが強い。
しかも始末の負えない事に、大抵の場合そういうヤツに限って横柄だったりするものだけど、
今回の茶番劇などはその典型的なケースだったと思えて仕方が無い。
とまれ、2人乗りを待ち望んでいた多くのバイク乗りの不平不満は一挙に爆発し、
決まりかけていた「2人乗り解禁」に横槍を入れたS代議士なんぞは、
まるで悪の権化としてネットのあちらこちらで槍玉にあげられた。
(ご本人にとっては痛くも痒くもなかっただろうが……)

 

「自動車専用道路での2人乗り解禁」がポシャってボクは意気消沈していた。
いや正確に言うなら、不条理さに猛烈に腹を立てていたし、その憤まんやるせない気持を、
先述したS代議士に講議文を発信することに費やしていたから、実は大いに発奮をしてもいた。
が、やはりどこか空虚感をボクは感じていたのだ。
 
そんなおり、コンさんの掲示板で「献血でもしない?」の一言が目に止まった。
こんなときだからこそバイク乗りとして何かしたいよね、とコンさんの言葉が続いていた。
「それオモシロイネ」と何人かのレスがあった。そのうち「いつやる?」というカキコがあって、具体的な日時/場所が決まった。
場所を決めるにあたって、バイクを安心して停められる場所があること。
土曜日/日曜日にも献血車が来ることを条件に候補地を絞り込んでいった。
条件に合ったのが今回の富士市文化会館・ロゼシアターだった。
富士市となれば由比の特産桜海老が食いたい。そんな言葉が掲示板に踊った。
コンさん邸@"COME ON ! HIGH VOLTAGE RIDER’S" と、Xelvis乗りのsasayuさん邸@はしれはしれ、そして拙宅にミーティングの告知が載った。
3つのHP合同企画として「献血ミーティング」は旗揚げされることになった。
 
 
純粋に「献血」のことだけを考えれば、個々が地元の献血ルームで400CCの血を献上するのがいちばん合理的である。
なにも箱根を越えてまでする必然性はドコにも見られない。
でも、献血をしに箱根を越えてきた、というフレーズに心揺すぶられるものがあった。
素になって考えれば金も時間もかかることだけど、遊び感覚の面白さをボクは気に入った。
まったく不謹慎な言い方になるけれど、献血を遊びとして愉しんでくれる友人に集まって欲しかった。
 
 
コンさんが冗談めかしてこんなことを言っていた。
「バイク乗りの血を輸血して、多くの日本人をバイク乗りに改造するんです」。
そっかぁ、献血ミーティングには日本人改造計画という壮大な目的が隠されていたのかぁ。
 
 

道の駅・富士に集合したVARADERO班の面々。10:00〜11:00に集合の約束をしたにもかかわらず、
いつものごとくボクとnonoは11:30に到着。大ヒンシュクを買ってしまう。
左から nonoトーイーさんBOOさんおおしまさんグッチィさん
このときミーティング会場の富士市文化会館ロゼシアターによこづなさんと今回お初となるKimuchiさんがすでに到着されていた。
当初の予定ではロゼシアターに隣接する富士市中央公園駐車場に献血車が来て、ボクたちはそこで献血することになっていた。
ところが公園ではイベントが開催され駐車場はクルマで溢れかえり、献血車の駐車スペースを確保することができないありさま。
そこでこの日の献血は「富士市保険女性センター」内の仮設献血ルームに変更された。

↑左2点/よこづなさん。彼は3日間の薬断ちをしてまで参加した。
ボクは「命削ってまですることじゃないですよ」と何度か進言したけれど、顔を見てしまうと来てくれたことが嬉しかった。
献血デビューの BOOさん。サイドテーブルにあるのはCOO。飲みたかったなぁ。
Kimuchiさんとは今回がお初でした。じつは VARADEROに乗るようになって最初の頃に名前だけは存じていた。
やっとお逢いすることができた。「とても素敵な笑顔のナイスミドル」by nono で、やっぱりCOOが気になってしまう。
15 年振りの献血にドキドキしていたボクは、2月 18 日に下見のつもりで町田献血ルームで血を抜いていた。
ところが献血は最低3ヶ月以上の間隔をあけないと次回の採血は出来ないことになっている。
つまり今回の献血ミーティングでは血を抜く事ができなかったのだ。nono は診断の結果比重が軽くて献血できないと言われた。
トーイーさんは1月21 日に献血しており、ダメモトで受け付けたところ献血ルームへの入室が許され注射はされたのだが、
献血直前「計算してみたら2日足らずで採血は出来ません」と言われ敢無く退場。腕には注射跡が残された。
ご本人は痛い思いだけをしたことになるけれど、ご褒美にネコのヌイグルミを貰うことができた。
nono もアヒルだか白鳥だかのヌイグルミをゲットしていた。チェ、チェ、うらやましぃぞぉ! ♪〜( ̄ε ̄;)

富士献血ルームは裕福である。
町田献血ルームでもドリンク飲み放題のうえお茶菓子が振る舞われたものだけれど、
富士ではハンドソープ、歯磨きトラベルセット、コーヒーセットのうち1点とヌイグルミが貰える。
町田ではボールペン1本だけだったのに……。
いやなにもご褒美が欲しいわけじゃない。
断固として言うけれどご褒美欲しさに献血しようなんてコレっぽっちも思っちゃぁいない。
ボクは 46 歳のオヤジである。トラベルセットやコーヒーセットが欲しいなんて絶対に言うもんか。
ましてやヌイグルミが欲しかったなんて口が裂けても言わないぞ!(爆)
註:富士献血ルームは裕福/某企業から寄せられた8000個のヌイグルミが今回特別に配付されたものであることが後日判明。

 

 
 血糖値を下げる薬を飲み続けているよこづなさんは、薬を断つにあたって3日間というもの菜食主義者に近い食事制限を敢行していた。
だから献血終了後は「ラマダン開けのイスラム教徒のごとく腹ペコ」で、お腹と背中が「カミソリ一枚も入らないくらい」くっついていたそうだ。
そんな彼を見兼ねて「吉野屋にでも行きますか」とボクは誘ったけれど、「いや、このあとの桜海老のためにガマンします!」。
よこづなさんがそうだったように、コンさんつながりで参加した赤でぃばさんもまた鎮痛剤を断っての献血だった。
ボクたちは献血をするために集まった。けれどボクは今回献血をしていないのだし、
「3日前に心臓の冠動脈にステンレス製のチューブを入れたばかり」のJunさんは見届け人として術後の身体をおして参加されたのだった。
他にも様々な理由で献血ができなかった方たちがいらした。それでもミーティングに参加してくれて賑わいに華を持たせてくれた。 
 
この集会は献血というキーワードで普段は接点のないバイク乗りどうしが集まったものだ。
なにかをしようとするとき、1人の人間が10人に声をかけるより、2人の人間が5人に声をかけたほうが効率がよい。
3人が5人に声をかけたら15人集まる計算になる。これはコンさんがよく口にすることではあるけれど、しだしその通りだと思う。
3つのHPの管理人がそれぞれに声をかけあって20人のバイク乗りが今回集まった。
これを少ないとみるか多いと見るかは見解の別れるところかとは思う。
でも、正月にコンさんと逢ったときの会話が思い出される
「10〜20人くらいは集まってくれるかもしれない。少ないかもしれないけれど、そのとき集まる仲間は固いです」。
 
次回の献血ミーティングをいつ開催するかは未定だ。半年に1回くらいがいいかな? と個人的には思うものの、
実は常設の献血ルームではバイクを駐輪できなかったり、
公園などに70人以上集まれば献血車を手配してもらえるけれど(二俣川献血ルーム)、
それは平日に限られていたりとか、
配車したはいいけれど、当日雨が降って参加予定者が激減なんてこともあるわけで、
バイク乗りを集めて献血するというのはなかなか厄介なのだ。
でも、献血ミーティングは続けていきたい。
社会貢献とかボランティアとか、そういうカテゴリーに嵌め込んでどうのこうのというのではなく、
単純にオモシロイと思う。一人の接点を介してそれまで見ず知らない者どうしがひとつのことをする。
人の輪が増殖していく過程をオモシロイと感じるボクは、
次回も新しい友人たちに逢いたいと思う。